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掲示板///
[8632] :管理人 [URL] 2015/10/14/水 21:28

< ままま 様    どうもです!

>マーチングバンドの指揮者みたいなモノかな?

そうそう。鼓笛隊で先頭でバトンを上下に動かしている御嬢さん、あの感じでしょうか。
奏者でなく聴衆の方をずっと向いて、どんな顔して何考えてたんでしょうね。
おっ、あの席の御嬢さん、好みだなぁ〜 とか他ごと考えていたとか。
奏者見てなきゃ指揮に専念できないでしょうに。専念する必要無かったのかな。
室内楽的なら皆、聴いて合わせるからね。

>歌舞伎で、今、ワンピースをやているんでしょ

拙者もワンピース好きです!真野ちゃんが白のワンピースを着ていると清楚でねぇ〜(デレデレ)。
えっ?! 違うって? アニメ?知らないです。歌舞伎になったことは朝のNHKニュースで観ましたけど。 
ただね、それが30年、50年先にも上演されている演目として残っているかですよね。 
今は話題でも、再演されないで忘れ去られる新作古典って多いですから。。。

_________________________

< 凡 様    どうもです!

>今日はチェリビダッケ、ミュンヘン・フィルの「ジークフリート牧歌」おCDを聴きました。

チェリのオーケストラ版は、演奏時間が 23分45秒。
ブーレーズ指揮の室内楽版は、演奏時間が 17分08秒。
同じ曲と思えない程に演奏時間が違いますね。 ワーグナーはどれくらいの時間で振ったのか、
記録が無いと思いますが興味深いですね。

>ところでチェリはオペラを振らなかったんでしょうか。CDが有りませんね。

チェリビダッケはオペラを、1950年前後と思いますが、ベルリン時代には『マイスタージンガー』や『ドン・ジョバンニ』を振ったらしいですが、
後には 「オペラというものは不純なもの」「ちゃんと聴く耳を持っている人はオペラなんか指揮できない」
と述べて物議をかもしてます。
“不純”とはつまり、オペラは歌詞・脚本・演出・舞台装置・諸々が重要な役割を果たしており、音楽が脇に追いやられることがある
という意味のようです。(※)
音楽至上主義のチェリビダッケには、音楽が脇役扱いされるのが我慢ならなかったのでしょう。
でしょうね。バイロイトでの「指環100周年」の時でも、注目されたのは演出のシェローであって、
指揮者のブーレーズは霞んでましたから。
思えばムラヴィンスキーもオペラを残していないですが、彼も音楽至上主義でしたからね。
私的にオペラ(ワーグナーですが)好きだからといって、「オペラは不純」と述べたチェリビダッケを嫌いになったりはしませんが、
発言当時のオペラ・ファンからの反発は相当だったようです。

(※)「オペラは不純」と その理由は、下記の書籍を参考にしました。
        ↓
【評伝 チェリビダッケ】クラウス・ヴァイラー著・相澤啓一訳、春秋社
P.256 〜 257/8631/8630/8629/8628


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