大夕張鉄道は距離の短い路線でしたが,区間運転を含めすべて前向き運転でした.お隣の夕張鉄道は栗山-鹿ノ谷間の列車は逆向き牽引でした.美唄鉄道や日曹炭礦も逆向き運転でしたね.考え方と労使関係なども影響しているのでしょう.大夕張の96はすべて自動焚き口戸に改造されていて,両手ショベルの投炭をしていました.
大きな声では言えませんが,昔の国鉄の規則は建前的なところも多く,速度制限などは+20km/hが当たり前,という話も聞きましたし,飯山線では←キ100+C56130+逆12199のラッセル回送列車と雪道の中私の運転するクルマと100km/h近い速度で並行道路をサイドバイサイドのバトルをしたことがあります.
C53などは130km/h以上は当たり前だったと,当時現役だった機関士さん(私の遠縁に当たる人です)からうかがったこともあります.
私が学生時代でも,中央線や西武線!などでも100km/h以上の暴走運転する運転士さんがいました./9028/9027/9026/9025