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[8972] 水の丘様へ:永野晴樹 2011/06/27/月 03:44
小生が幼稚園の頃元住吉に引越し、その時に登場したのが、旧5000系でありまして、その時代はおっしゃるとおり、昼間は車内は消灯していて、ある時代官山のトンネルを通過の際に、電灯を付け忘れて真っ暗のまま通過した事をふと思い出しました。そういえば東ドイツの列車に1982年ごろ乗車した際の思い出ですが、数キロに渡る長大トンネルを通過の際にも車内は消灯したままで、まったく暗室に居るような有様には、驚きました。たまたま安物のライターで点火して、周囲の状況が判ったり‥。同じヨーロッパでもスイスの鉄道では昼間は消灯していたようですが、トンネルが多数あるためにこまめに点灯したり、勿論トンネルが連続するゴタルド峠付近では点灯しっぱなしでありましたが、流石はスイスだと思いました。もっともヨーロッパのコンパートメントでは客の好みに応じて室内灯の扱いが可能で、消灯時も非常灯が点灯しますから、東ドイツみたいな事は無かったようです。もっとも東ドイツの客車も西側に出る様なものは消灯時も非常灯点灯の設備は、今思うとあったはずですが、非常灯の電源も切っていたようですね。なお昭和29年ごろの東横線は5000系はまだ登場以前ですが、ほとんど全ての電車が蛍光灯、車内放送は?ですが、5000系による急行運転再開(その間に1500V昇圧の為に急行を休止)の時にはオープンリールのテープレコーダーによる女性アナウンスが行われ、車掌は常にころあいを見計らってテープの操作を行っていました。しかしテープの消耗が激しかったので、数年足らずで、廃止となりました。ですから当時の車掌さんは室内灯の管理やテープの操作など大変だったと、今になって感心しています。ついでながら、5000系登場時にその解説書が発行されましたが、五島慶太氏の巻頭言によると、最高速度は135キロであるので、とりあえずは渋谷・横浜間の急行は35分で運転予定であります。これによって従来、国鉄の品川乗換えによる山手線と横須賀線電車よりも早くなります!などと言う、情けない記述に続いて、この電車を用いると将来は渋谷・横浜間を25分で走破する事が可能であります云々と言う記述もありますが、それが実現したのは、東横特急が走り出したおよそ45年以上後の事で、奇しくも新5000系が走っていますね。/8971/8970/8969/8968
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