名鉄岐阜市内線・美濃町線の全廃から今年で12年となります。廃線後は沿線を訪れることもなくなってしまいましたが、都市部だけに道路の拡張や街並みの再開発などで、周囲の光景が大きく変化している場所も多そうです。
昭和56年というと、880形連接車の投入と美濃町線新岐阜〜新関間の15分間隔運転が実施されて、美濃町線に活気があふれていた時代になると思います。岐阜市内線から谷汲線への直通急行なども、それだけの輸送需要があったという証左ですね。
懐かしい画像の数々を楽しませていただきました。ありがとうございます。
豊田市平芝坂の上公園のD51849号機と旧名古屋市電1814号もきれいに整備されて保存継続されているようで嬉しい限りです。保存継続を断念して解体されてしまう車両がある中で、保存に関わる皆様の努力には頭が下がります。
長崎のC57100号機は、原爆投下直後に運転された救援列車の再現を意識した(実際に牽引したのはC51形だったそうですが)と聞いたことがありますが、そのような歴史的意義の高い保存機をなぜ解体してしまったのか、疑問です。/10724/10723/10722/10721