明治41年に、当時の鉄道院総裁であった後藤新平が串木野などを視察した際に、周辺の葉たばこ農家から葉たばこの梱包を借り集めたといいます。視察した時期がちょうど葉たばこの収穫時期だったらしく、長谷場がその梱包を多数荷馬車や荷車にたくさん積ませ、そしてその荷馬車や荷車を(後藤新平氏のそばを)往来させたことで、貨物需要が高いから鉄道の必要性が高いのだとアピールして、結果鉄道敷設が行われることになったと言うことです。
ちなみに葉たばこ自体たくさん積んでも重量はないので、運ぶ側がそこまで疲れることはなかったそうです。
我田引鉄は好ましくありませんが、私が思わず「なるほど」と感心させられたエピソードです。/10494/10493/10492/10491